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『北奧氣圏』十四號
『北奧氣圏』十四號 弘前市より発売されました♪
鎌田紳爾氏の「パリの足跡」は、ジャコメッティと矢内原伊作のパリの話。
伊作先生には習ってはおりませんが、先生の清楚な感じのお宅はわたしのところから700mほど駅よりの小川沿いにあって、表のバス通りを歩いておられるところを何度か♪ イギリス紳士ふうの端正なお姿でした。
石田和男さんの連載、「寺山修司を待ちながら」もとても具体的に書かれていて、毎回テーマがくっきりしていて、さすが演劇人♪と感動。
さて、比留間千稲の短篇「オガクズ」は、青春の塩辛さ…をいくぶんユーモラスに。
タイトルの「オガクズ」、古い方々ならご存じのモノ。ただし、小説中の意味はちょっと当て字ふうに。読んで頂ければ幸いです。
うれしい感想寄せられております。
たとえば、小説&イタリア学の澤井繁男氏は→→→
「女性の生理が巧みに埋め込まれたリズム感があってかつ艶やかな文体」
と。
タブレットばかりやっていて
『北奧氣圈』第十三號
西村陽一郎さんの写真展
小豆島の家で
郷里・小豆島へ
↑ 近くの浜。子どもたちはここでよく泳いだものでした。
*結局、京都を出発する日になって… 迷ったあげく、京都→高松のバス便に。
高松→小豆島へはフェリーで。
一週間ほど居て、温泉三回。友達と会ったり、庭の草抜きと片づけ。
35年ぶりに壊れた台所のシンクを治してもらったり…。
町立図書館にエッセイ掲載の「三田文學」2018年冬号と、短篇掲載の
「季刊文科」№73など届けました。短篇「京の町屋」を載せて下さった
「北奧氣圈」№13の発刊はまだのようです。
幼馴染から真新しい2ドア式冷蔵庫を頂いたりも。
運んでくれたのは小学校の同級生の甥御さん♪ 寝かせられないモノを
孤軍奮闘で車に積み込み、私までいっしょにススーィと♪
ありがたいことです。
タブレット
au携帯電話がKDDIの都合で買い替えの憂き目に。
勧められて電話とタブレットにしたのだが、タブレット、ややこしい♪
まごついてばかり。
パソコン並みに叩くとでたらめな文字例がずずっと!
音声入力も出来るのだが、口述筆記の真似みたいで違和感先だつばかり
勧められて電話とタブレットにしたのだが、タブレット、ややこしい♪
まごついてばかり。
パソコン並みに叩くとでたらめな文字例がずずっと!
音声入力も出来るのだが、口述筆記の真似みたいで違和感先だつばかり
「三田文学」132号、「季刊文科」73号発売中♪
「三田文學」132号 目次
http://www.mitabungaku.jp/quarterly0.html
針谷卓史氏の短篇小説が面白い♪
◇短いエッセイ「君には書けないよ」を載せて頂きました。
エッセイのご感想、多数頂いております。
<茸地寒さんからは→ 耕治人の『そうかもしれない』
『天井から降る哀しい音』を思い出しました。と>
「エッセイ、拝読しました。目の前にありありと情景が浮かびました。」
〈神宮みかんさんより〉
◇さて、「季刊文科」73号掲載の 短篇の感想も頂いております。
「ギョエンの午後」 よくできていて 面白かったですよ。
ややストイックな感はありますがバランス考慮するとちょうどかも。
文章が上手です!
〈 河野勉氏(作家)〉より
「ギョエンの午後」、拝読しました。
瑞々しい感覚の、わたしには、スケッチ風の作品におもえました。
「男性器」との接触の際、女性が感ずるものが知れました。
短い作品のわりには登場人物が多かった気がしました。「江津」ひとりで
十分ではなかったか、と。でも、このような作品をお書きになられること、
うらやましくもあります。
〈 澤井繁男氏(作家&イタリア学研究者)〉より
◇厳しい評も!
「季刊文科」拝読しました。私はあなたの小説は、尊重しますが、読むたびにどこかばぐらかされているような気がしています。
いいし、うまいんだけど、決まり手が肩透かし、とったり、というような感じでしょうか。
それが個性なら仕方がないですが、私は何か勝負しきれていないように感じます。もうこれっきゃないというあなた自身がよく出ていないような気が…。そのあなたのこと、私はよく知りません。
もっと知っておいて当然なのに、どこかわからないのは、はぐらかされているのではないかと思います。
謎はあってもいいですが、謎は突っ込みすぎても残るものだから、もっと読み手の友人となってさらけるものはさらけ、これっきゃないというものを伝えてほしいように思います。ええっ、こんな人いるの? というくらい迫るものは、きっとあるはずで、知らせてくれてありがとうとなったときに、初めて人と対話する人となるのでは?
と言いながら、私もいろいろ反省します。ほんとうにほんとうのこと書いているのかと…。
〈 草壁焔太氏 (五行歌・主催) 〉
▽以前の短篇の評(「文學界」2012年10月号掲載は)
神奈川県七沢温泉
「三田文学」1940年10月号に壺井栄氏のエッセイが
そそっかしい!
先日、エッセイを載せてもらえるという知らせを
「三田文學」編集部から頂いた。
夏号に、春の総会で出会った若い男の子(?)のエッセイが
載っていたので、ようし、とばかり書き上げて、印刷して
送ってみた次第…。
担当の若い女性はこちらの思いどおりに読んでくれていて、
分かってもらえた、と、気分がいい。
字数オーバー削除などをいわれ、私はてっきり、時季的に
「秋季号」掲載、と早合点! ではデータの送信はいつなのか、
悶々。
するとなんと、原稿を再送して数日後、出たばかりの「秋季号」
№131が送られてきた。
つまり、私のエッセイは冬季号掲載、というわけでした、
ヤレヤレ。
「三田文學」編集部から頂いた。
夏号に、春の総会で出会った若い男の子(?)のエッセイが
載っていたので、ようし、とばかり書き上げて、印刷して
送ってみた次第…。
担当の若い女性はこちらの思いどおりに読んでくれていて、
分かってもらえた、と、気分がいい。
字数オーバー削除などをいわれ、私はてっきり、時季的に
「秋季号」掲載、と早合点! ではデータの送信はいつなのか、
悶々。
するとなんと、原稿を再送して数日後、出たばかりの「秋季号」
№131が送られてきた。
つまり、私のエッセイは冬季号掲載、というわけでした、
ヤレヤレ。
「街角」「街かど」「まちかど」
次の短篇のテーマは「machikado」といわれました。
あれだと、思い出に一コマに強く残された京の町屋が浮かんだのですが、
さて、「街角」、「街かど」、「まちかど」…
どれにしようかと立ち止まってしまっている。
あれだと、思い出に一コマに強く残された京の町屋が浮かんだのですが、
さて、「街角」、「街かど」、「まちかど」…
どれにしようかと立ち止まってしまっている。
壷井繁治氏・榮氏と黒島傳治氏のこと、少々
オンラインマガジン「その船にのって」
こんにちは小豆島
お便り 2017年7月16日 掲載
よりの抜粋 ↓
「ログインができなくなっちゃいました」という問い合わせを度々受けるのですが、、、その応対のやり取りをメールで文通のように往復していたら、ログインできた!という返信と一緒に、素敵な感想とエピソードをいただいてしまったので、ご紹介させていただきます。お相手は小豆島は苗羽(のうま)ご出身の比留間千稲さんという方。何の奇遇か、このメールは壺井栄さんの命日である6月23日に届いたこともあって、電子書籍の出版もそうですが、このオンラインマガジンを始動させたことも含めて、壺井栄さんからのメッセージを受け取ったような感覚になったのでした。(小坂逸雄 )
///
さっそく壷井榮さんの「港の少女」を読ませて頂きました。
ところで私が「榮さん」などと親しげにお呼びするのにはわけがあります。私の生まれる前、私の父は小豆島の小学校の先輩でもある壷井繁治氏の生き方に感動、いわば子分格の付き合いを許され、ご夫妻を頼って夫婦で上京したのでした。
それ以来、繁治さん榮さんと呼ばせて貰っているのだそうで、私たちも内々ではそう申しておりました。
戦争末期、両親は焼け出されて小豆島へ逃げ帰るのですが、それから20年、私も上京、東京都中野区鷺宮の壷井家に連れて行かれ、以後、榮さんとは数回、繁治さんとはかなりの回数お目にかかる機会がございました。
…上京して数年後、榮様の訃報を知らされたときはただただ驚いて壷井家へ飛んでいったものでした。
さて、もう一人、作家の黒島傳治氏ですけれど、文筆を志していた私の父は青年時代に一度だけ、小豆郡苗羽で静養されていた傳治氏をお宅にお訪ねしたのだそうです。傳治氏は小説の作風からも感じられるとおり、「ちょっとシニカルなところのある人でなぁ」と、父はそう申しておりました。
「この船にのって」制作の、平野甲賀氏の斬新な装幀の電子本で、郷里の大先輩たちの作品をこんなふうに手軽るに読める日がここようとは、ほんとうに幸せでございます。
栄さんの7月の書籍も楽しみにしております。
http://sonofune.net/shodoshima_now/archives/1054/?t=1&cn=ZmxleGlibGVfcmVjc18y&iid=d10a5bcc894a4629bfd9b40d18fa20f8&uid=594248588&nid=244+272699400
こんにちは小豆島
お便り 2017年7月16日 掲載
よりの抜粋 ↓
「ログインができなくなっちゃいました」という問い合わせを度々受けるのですが、、、その応対のやり取りをメールで文通のように往復していたら、ログインできた!という返信と一緒に、素敵な感想とエピソードをいただいてしまったので、ご紹介させていただきます。お相手は小豆島は苗羽(のうま)ご出身の比留間千稲さんという方。何の奇遇か、このメールは壺井栄さんの命日である6月23日に届いたこともあって、電子書籍の出版もそうですが、このオンラインマガジンを始動させたことも含めて、壺井栄さんからのメッセージを受け取ったような感覚になったのでした。(小坂逸雄 )
///
さっそく壷井榮さんの「港の少女」を読ませて頂きました。
ところで私が「榮さん」などと親しげにお呼びするのにはわけがあります。私の生まれる前、私の父は小豆島の小学校の先輩でもある壷井繁治氏の生き方に感動、いわば子分格の付き合いを許され、ご夫妻を頼って夫婦で上京したのでした。
それ以来、繁治さん榮さんと呼ばせて貰っているのだそうで、私たちも内々ではそう申しておりました。
戦争末期、両親は焼け出されて小豆島へ逃げ帰るのですが、それから20年、私も上京、東京都中野区鷺宮の壷井家に連れて行かれ、以後、榮さんとは数回、繁治さんとはかなりの回数お目にかかる機会がございました。
…上京して数年後、榮様の訃報を知らされたときはただただ驚いて壷井家へ飛んでいったものでした。
さて、もう一人、作家の黒島傳治氏ですけれど、文筆を志していた私の父は青年時代に一度だけ、小豆郡苗羽で静養されていた傳治氏をお宅にお訪ねしたのだそうです。傳治氏は小説の作風からも感じられるとおり、「ちょっとシニカルなところのある人でなぁ」と、父はそう申しておりました。
「この船にのって」制作の、平野甲賀氏の斬新な装幀の電子本で、郷里の大先輩たちの作品をこんなふうに手軽るに読める日がここようとは、ほんとうに幸せでございます。
栄さんの7月の書籍も楽しみにしております。
http://sonofune.net/shodoshima_now/archives/1054/?t=1&cn=ZmxleGlibGVfcmVjc18y&iid=d10a5bcc894a4629bfd9b40d18fa20f8&uid=594248588&nid=244+272699400
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